VP-8
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↑ 嘉手納基地のNAVYエリアに駐機するP-3C BMUP+/Bu.No.161408

↑ 1997年7月に当時の西ドイツ ラムシュタイン空軍基地で撮影されたVP-8のP-3C/Bu.No.159320

VP-8は、歴史の古い哨戒飛行隊の一つで、1942年9月にその前身となるVP-201(第201哨戒飛行隊)がNASノーフォークで発足している。発足時は、飛行艇型のPBM-2/5等を使っていたが、戦後間もない1947年には当時最新のP2V-2ネプチューン哨戒機を受領している。
1948年9月1日に現在のVP-8に正式に改称された。1961年にメリーランド州パクトセントリバーに移動して、翌年の1962には、アメリカ海軍で最初のP-3Aを受領するなど、哨戒部隊としては先端を走っている飛行隊であった。キューバ危機の際は海域封鎖とASW任務で活躍し、その後もバミューダ海域、カリブ海から北の北海までの広い地域で活動をしている。1968年5月には、行方不明となったアメリカ海軍の原潜スコーピオンの捜索などに参加、また 1972年3月には、当時のソ連の戦略ミサイル潜水艦K-19がカナダのニューファンドランド島沖で火災を起こし、火災事故としては記録的な28名の死者を出した事故の監視業務にも就いて、40日も費やされたソ連の原潜救助活動を追いK-19の写真撮影にも成功している。何かと話題の豊富な飛行隊なのである。

2010年8月 尾翼にうっすらと”LC”のレターが見えるVP-8 P-3C BMUP+ /Bu.No.161586。

↑ 2004年から2005年に掛けて嘉手納基地に飛来していたVP-8のスキッパー機P-3C/Bu.No.159320。Modexが黒枠の黄文字で鮮やかであり、機首のインシグニアは、VP-8の初期のものを貼っている。

2010年12月 
”チョコバー”とは誰がつけた渾名か知らないが,結構年配の人でしょうね・・P-3Cのお腹にぶら下げてあるAPS-149 LSRS(沿岸監視レーダーシステム)の事をこのようにマニアは呼んでいた。確かに,、昔こんな感じのチョコバーを売っていたような気もするが、最近の人はこれを見てチョコレートバーを連想する人は少ないだろう。

APS-149は、海軍のジョイントスターと呼ばれるぐらい地上の様子をつぶさに観測できる優れ物のようだ。嘉手納には P-3Cの列線の中に常に何機か混じっており、其の活動も活発である。VP-4など一部の飛行隊のマークを付けている事はあるが、下のP-3C(LC-408・・VP-8)のような派手なマーキングを私は初めて見た。2012年10月嘉手納派遣のVP-5のP-3Cに交じってこれが活動していた。
VP-4の列線に混じって 嘉手納のNAVYエリアにいたVP-8のLC-586/Bu.No.161586。
2010年8月5日 09:48 

↑P-3A配備後の間もない頃のVP-8のマーキング、P2V-7時代の踏襲で下面は濃いネイビーブルー。尾翼は旧インシグニア”Thing”を付けている。但し機首に新しいインシグニアが張られている。

↑ 1980年代半ばにおけるVP-8のマーキングで、Modexは、VPナンバー”8”を入れて、全て80番台を付けていた。隊長機であるスキッパーのModexは、”81”虎の顔は横向きで、首のあたりはシェブロンから出ている。Modexとテールレターは、白枠付き。P-3C/LC-88/Bu.No.161408

Wings
↑ 2010年頃のVP-8のスキッパー機P-3C/LC-316/Bu.No.162316。部隊番号VP表示は2005年時代のマーキングと同様未記載で、機首のModex316はオレンジ色での枠有り、尾翼のマークは虎の顔が真横から斜め横に変り、このマークは後にP-8Aに踏襲されている。
2012年10月3日 
アメリカ海軍は、P-3C近代化計画(BMUP)の中でP-3C Update-U24機を改装し、内16機に搭載が可能と言われている。

↑ 1979年8月に当時の西ドイツ ラムシュタイン空軍基地で撮影されたVP-8のP-3B/Bu.No.152721。”81”と言う変わったModexを付けているが、VP-8の1号機と言う意味かもしれない。機首にはスキッパーマークらしきものが見れる。

2010年11月30日 

↑ 2010年11月 訓練を終えて嘉手納基地に戻ったP-3C BMUP+/Bu.No.161404